「うちのスタッフはマニュアルなんて読みませんよ」
現場責任者からそんな言葉を聞くたびに、私はある種の既視感を覚えます。
マニュアルという存在は、いつからこんなにも敬遠されるようになったのでしょうか。
時代は令和。新人は動画で育ち、上司の背中を見て覚えろというやり方は敬遠されるようになりました。
それなのに、いまだにマニュアルが「使えない」「意味がない」と思われてしまうのはなぜでしょう。
この記事では、マニュアルが嫌われるに至った歴史的背景を振り返りつつ、令和の現場におけるマニュアルのあるべき姿を改めて考えてみたいと思います。
1. なぜマニュアルは敬遠されるようになったのか
マニュアルという仕組みが日本社会に根づいたのは、高度経済成長期以降のことです。
大量採用・大量育成が求められる中、業務の標準化と属人性の排除が重視され、製造業やチェーン系サービス業を中心に「誰がやっても同じ結果になる」手順書の整備が急速に進みました。
この時代、マニュアルは“合理的な仕組み”として歓迎されていました。
というのも、「決められたことを守る」ことが、成果や評価につながっていたからです。
ところが、バブル崩壊以降、こうした仕組みは大きく揺らぎます。
経済の低迷とともに、同じことをしても利益が上がらない、企業が社員を守れないといった状況が表面化。
年功序列や終身雇用といった制度も徐々に崩れていきました。
この変化に対し、特に若い世代の間では「言われた通りにやっても報われないじゃないか」「このやり方に従っても、生活は安定しない」という疑問や反発が芽生え始めます。
そうした空気の中で、マニュアル的なものに対する見方にも変化が起こります。
マニュアルに従う=自分の頭で考えていない、マニュアル通りの働き方=社会の歯車として搾取される側、という構図がある種の“正義”として語られるようになっていきました。
加えて、コスト削減の名のもとに、現場の声を反映せず一方的に作られたマニュアルが増えていったことも、印象悪化に拍車をかけました。
つまり、マニュアルが嫌われるようになったのは、現場との乖離が広がったことに加え、「マニュアルに従っても未来が拓けない」という価値観が広まったことが背景にあるのです。
2.マニュアルに再び目を向ける理由
マニュアルという言葉には、ともすれば「古臭い」「画一的」「思考停止」といった印象がつきまとうことがあります。
しかし、私たちの日常を見渡せば、「やり方」や「コツ」への関心はむしろ高まっていることがわかります。
料理のレシピ動画、仕事術の本、業務効率化のテンプレート、SNSで拡散される「〇〇の方法まとめ」──。
形式や媒体が違うだけで、これらはすべて“マニュアル的なもの”です。
店舗や施設など、複数の人が連携して動く場面では、ある程度の作業基準や手順を共有しておくことで、時間効率が高まり、指示や確認にかかる負担を減らすことができます。
また、臨機応変な対応や複雑な判断を求められる場面に備えて、作業的な部分を“考えなくてもできる”状態にするという意味でも、マニュアルは有効な仕組みです。
マニュアルを覚え、実践できる状態になることは、業務の再現性を高め、他のスタッフと協働するうえでのスタートラインに立つことを意味します。
マニュアルは、手順を揃えることと、判断を支えることの両方を担う存在です。どのように作り、どこで使うのかを現場の特性に合わせて考えることが求められています。
3.まとめ
マニュアルが敬遠されるようになったのは、単なる運用のまずさだけが理由ではありません。
背景には、「従っても報われない」と感じられた時代の空気がありました。
その記憶は、今なお一部の現場や管理者の中に残っているかもしれません。
けれど一方で、今の若い世代、特にZ世代は、マニュアルに対してもっと現実的で柔軟です。
何かを学ぶときは、まず「やり方」を調べ、最短で理解しようとする。動画やスライドで整理された手順を好み、再現性のある情報に価値を見出しています。
つまり、マニュアルに対する評価は、「それがどう伝えられ、どう使われるか」によって変わるということです。
過去のイメージにとらわれるのではなく、今の現場に合った伝え方、活かし方を考えること。それが、マニュアルを“押しつけ”から“共有資産”へと変えていく第一歩です。
型を学び、考え方を知り、自分の判断と組み合わせていく。そのプロセスを支えるマニュアルは、令和の現場でも、十分に必要とされているはずです。
次回は、「読まれない・使われないマニュアル」になってしまう原因と、
現場にちゃんと届く“伝わるマニュアル”をつくるための設計ポイントについて掘り下げていきます。
一度つくって終わりにしない、「更新され、育つマニュアル」のあり方とは?