できる店主は「感覚で動き、数字で確認する」バランス感覚を持っています。
料理や接客は「エモーショナル(=人の心を動かす)な仕事」ですが、
経営は「ロジカル(=構造を整える)な仕事」です。
元々、”好き”という気持ちから入ることの多いこの世界、どうしてもエモの部分に偏りがちなようです。
スタート地点で大切なのは、数字を避けないこと。
経営に必要な数字は、複雑な会計ソフトや難しい分析ではありません。
まずは、自分のお店をシンプルな数字でとらえることから始まります。
席数、営業時間、営業日数、そして1時間あたりの売上や人員数。
この数字の裏には、店主自身の働き方や、現場のクセ、ムダがすべて現れています。
現場の空気をよく知っているあなただからこそできる「数字の使い方」があります。
今回は、感覚と数字の間をつなぐ“経営のセンス”を育てるためのヒントをお届けします。
1. 経営とは、感覚とロジックの“通訳者”になること
飲食店の現場には、たくさんの「感覚的な判断」が存在します。
盛りつけの見栄え、料理の火入れ、接客の間合い、空気感のつくり方——。
それらはすべて、お客さまの感情を動かすための大切なセンスです。
一方、経営にはもうひとつ別の言語があります。
売上、利益、FLコスト、人時売上高。感覚では伝わらない部分を、
“数字”という言葉でとらえる必要があるのです。
数字だけで考えすぎると、現場が冷たくなる。
感覚だけで走り続けると、いつか体力がもたなくなる。
だからこそ、オーナーや店主はその両方の“通訳者”になる必要があります。
エモーショナルなサービスを提供しながら、ロジカルに判断できる状態。
それが「続けられる飲食店」をつくる土台になります。
2. 自分の店を「数字で見る」トレーニング
経営の数字は、難しい損益計算書から始める必要はありません。
まず見るべきは、「お店の持っている時間と空間」です。
たとえば、次のような数字を出してみましょう。
- 席数:何席あるか?
- 営業時間:1日あたり何時間営業しているか?
- 営業日数:月に何日営業しているか?
- 1席×1時間あたりに売上はいくら立っているか?
- 平日・週末で、時間帯別の売上はどうか?
この時点で、「あれ?満席でもこの売上ってことは、単価が低すぎるかも」
「この時間帯、人を入れてる割に売上が出てないな」など、見えてくることが必ずあります。
数字に強くなるとは、「現場を数字でとらえる習慣」を身につけること。
数字は結果ではなく、現場の動きそのものです。
この視点が身につくと、「何に時間を使い」「どこに手をかけすぎているか」が、すっと見えてきます。
3. 一皿の裏にある“時間原価”を見直す
「この料理、原価は30%以内だから大丈夫」
そう思っていても、実は利益を圧迫している原因になっていることがあります。
理由は、材料費だけで原価を考えてしまっているからです。
料理の価格には、食材費だけでなく“人の手と時間”がかかっています。
たとえば、前菜の盛り合わせ。
3種類の仕込み、冷蔵保存、皿に盛る手間。見た目も良く、人気があるメニューです。
けれど、提供までにスタッフが10分以上かかっていたとしたら、それは本当に利益を生んでいる商品でしょうか?
一方で、5分で提供できるパスタが原価35%でも、回転と手数で利益が残ることもあります。
「どれだけ売れたか」ではなく、「売れて利益が残ったか」。
その判断のために、提供時間と人件費を意識する視点が欠かせません。
4. 忙しいのに儲からないのは「構造が間違っている」
ピークタイムに厨房が混乱している。
注文がたまる、料理が出ない、会計が詰まる。
でも、みんな必死で動いている
——そんな光景、覚えがありませんか?
忙しいのに利益が出ていないお店は、「仕組み」そのものに無理があることが多いのです。
たとえば、
- 注文が複雑すぎて提供に時間がかかる
- 調理と提供の動線がぶつかっている
- 片付けや会計に時間がかかり回転が悪くなる
こういった詰まりを放置すると、働く側も疲れ、お客さまもストレスを感じ、利益はどんどん削られます。
大切なのは、「これは本当に今やる必要があるのか?」という問いをもつこと。
“やらなくていいこと”を決める勇気が、余裕と利益を生み出してくれます。
5. スタッフと“数字の共通言語”を持とう
現場のムダや改善点は、スタッフがいちばん気づいています。
でも、「それ、時間もったいないですね」とは言いづらいもの。
そんなとき、数字は共通言語としてとても役立ちます。
たとえば、「このメニューって提供に12分かかってるんだよね。昼の回転だとちょっと重いかも」
という話は、「12分」という数字があるだけで、説得力が変わります。
数字を使えば、責めることなく、仕組みの話ができます。
スタッフも「自分がムダになってる」ではなく「店全体で変えられるかも」と思えるのです。
また、数字を共有することでスタッフの意識も変わります。
「この時間にこの人数なら、どこに入るべきか」を自然に考えるようになります。
数字を見るのは店長や経営者だけの仕事ではありません。
現場で働く全員が「感覚+数字」で動けるようになると、お店全体が変わります。
6. 毎日の“なんとなく”を、数字でチェックしてみよう
経営の見直しは、特別なことをしなくても始められます。
まずは日々の動きの中にある“数字の手がかり”を拾い上げてみましょう。
以下のチェック項目は、現場の作業と経営数字の接点を見つけるためのものです。
すべてに正解はありません。気づきを得るための“見える化”として、ぜひ活用してみてください。
飲食店の数字感覚チェックリスト(例)
- ランチ前の仕込み時間は何分?
誰が、何品を、何人で仕込みましたか?その作業に対して売上は見合っていますか?
- ピークタイムの提供時間は平均何分?
注文から提供までの平均時間を、時間帯別に記録したことはありますか?
- お皿を洗う時間にどれぐらいかかっていますか?
営業終了後の洗浄・片付けにかかっている時間は?回数と人員で最適化できそうですか?
- 1日あたり、1席から平均いくらの売上がありますか?
席数と売上を割ってみると、空間効率が見えてきます。
- スタッフ1人あたりが1時間で生み出す売上はいくらですか?
いわゆる“人時売上”の感覚が身につくと、シフトの組み方が変わります。
- 1品あたりにかかる「提供までの手数」は何ステップありますか?
注文から完成までにどれくらいの工程があるか、無意識に増えていないか見直してみましょう。
- 「この時間、何してた?」と思う“空白時間”はありませんか?
アイドルタイムや作業の切れ目に、手が止まっていた時間を思い出してみましょう。
このような項目を日々チェックすることで、現場の「なんとなく」が数字になって見えてきます。
判断の指針が生まれ、仕組みを変えるきっかけにもなります。
最初はざっくりでも大丈夫です。
書き出してみること、見返すこと、それ自体が経営のトレーニングになります。
まとめ:現場の勘に、数字という“地図”を持たせよう
飲食店経営に必要なのは、「エモーションか、ロジックか」という二者択一ではありません。
むしろ、感覚を持っている人ほど、その感覚を言語化し、数字で再現できる力があるべきです。
- 忙しいけれど利益が出ない
- 一皿にかける手間が裏目に出ている
- スタッフと認識がズレてしまう
そんなときこそ、「数字で見てみる」ことが、新しい打ち手を生んでくれます。
数字は冷たいものではありません。
むしろ、店を守るための“判断の地図”です。
店主自身の手の感覚、目の感覚、空気を読む感覚——
それらに、数字の地図を重ね合わせることで、感覚がさらに深まり、確信を持って店を前に進められるようになります。
経営の力とは、勘を裏切らず、数字で育てる力なのかもしれません。