はじめに:スタッフ不足の本質は「売れない採用」と「育たない仕組み」
飲食店にとって、「人」の問題はいつの時代も経営の中核です。
なかでも最近は、人手不足の深刻化、Z世代の価値観の変化、副業やフリーランスの台頭など、スタッフ採用と育成をめぐる状況が大きく変わっています。
「求人を出しても応募が来ない」「ようやく来てもすぐ辞めてしまう」「育つ前に辞める」
──そんな悩みを抱える店舗オーナーは少なくありません。
けれど、この状況は決して“運の問題”ではありません。
それは、採用と育成にマーケティングの視点が欠けていることが原因かもしれません。
なぜなら、求人も教育も「人を動かす行為」だからです。
これはまさに、集客・販促・ブランディングと同じ構造を持っています。
- 誰に、どんな価値を届けたいのか(ターゲティング)
- どんな言葉・体験で興味を持ってもらうのか(訴求・コピー)
- どう継続的に関係を築いていくか(オンボーディング・育成)
つまり、採用=アクイジション(獲得)、育成・定着=リテンション(関係構築・維持)。
この視点を持つだけで、人材マネジメントの打ち手は変わってきます。
この記事では、飲食店経営における「人材のアクイジションとリテンション」を軸に、
スタッフ採用と育成のリアルな戦略を、今日から実践できる形でご紹介していきます。
1.アクイジションフェーズ:良い人材は“マーケティング”で集める
良い人材が採れない。
それは“人材がいない”からではなく、届くべき人にメッセージが届いていないだけかもしれません。
たとえば、Z世代や20代前半の若手にとって「アルバイトを選ぶ理由」は、
かつてのような“お金のため”だけではなくなっています。
- 自分らしく働ける環境か
- 意味のある経験が得られるか
- チームに馴染めそうか
- SNSで発信できるか
これらの価値観は、「ただの時給仕事」では響かないのが今のリアルです。
▼媒体の選び方 × 訴求の言葉 × 提供価値の整理
採用もマーケティングと同じで、まず大事なのは「誰に届けたいか」。
たとえば、落ち着いた接客ができる20代後半〜30代の飲食経験者を採りたいのに、
学生向けの派遣型バイトアプリに出しても、そもそもマッチしません。
また、媒体を選んでも「募集文の中身」が刺さらなければ意味がありません。
- 時給や待遇だけでなく、「どんな仲間と」「どんな経験を積めるか」
- 店主や社員の人柄、現場の雰囲気、チームの文化を言語化する
- 「あなたが来ると、こうなれるよ」という未来を提示する
このように応募者視点で設計された採用コピーは、共感を生み、行動につながります。
▼「この店で働いてみたい」から、はじまる関係
今の採用は、「雇う・雇われる」という上下の関係ではありません。
“お店と一緒に何かをやってみたい”というパートナーシップで始まるのが理想です。
だからこそ、求人の出し方ひとつで、その後の定着率・活躍率まで大きく変わります。
- 自分たちが採りたい人材を明確にする
- その人たちの目に触れる場所に情報を届ける
- 心が動く言葉と、リアルな店の温度を伝える
これが、アクイジションの基礎設計です。
2. 採用の“歩留まり”を改善する3つの打ち手
応募があっても、「思っていた人材ではなかった」「すぐ辞めてしまった」──
これは飲食店の採用現場でよくある悩みです。
でも、採用のミスマッチは“面接の質”で大きく変わります。
そこで重要なのが、「面接は話す場ではなく、聴く場である」という考え方です。
▼会話の基本は「口3:耳7」
面接で話しすぎてしまう店主、意外と多いです。
お店の魅力を伝えたい、ビジョンを語りたい──その気持ちは大事ですが、まずは相手の言葉を引き出すことが最優先です。
理想は、面接時間のうち7割以上を「応募者の声」で埋めること。
そのためには、良い“問い”を用意しておくことがカギになります。
① 面接で聞きたい「3つの深掘り質問」
- 「これまでのバイトで、楽しかったこと・嫌だったことは?」
→ 働き方や人間関係への価値観が見える - 「理想の職場って、どんな雰囲気だと思いますか?」
→ チームとの相性を見極めるヒントに - 「このお店に応募した理由を、できれば“時給以外”で教えてもらえますか?」
→ 動機の質が明確になり、定着の予測精度が上がる
これらの質問は、Yes/Noではなくストーリーで返ってくる設計です。
相手がどんな場面でどう感じる人なのかを知るためのヒントになります。
② 面接は“選考”ではなく“相互理解の場”
「選ぶ・選ばれる」の一方通行な構造では、応募者は緊張と不信を感じます。
理想は、「ここで働くイメージが持てるか?」をお互いにすり合わせる時間です。
そのためには、
- 店の雰囲気や文化、課題を率直に伝える
- 働くうえでのリアルな場面を共有する
- 「あなたにこういうことを期待したい」と伝える
そしてこの時、「働きやすい職場です」と抽象的に伝えるのではなく、 自分たちにとって“働きやすい”とは何かを言語化して伝えることが重要です。
たとえば、
- 「うちは“安心して長く働けること”を大事にしているので、育成や引き継ぎを丁寧にしています」
- 「新メニューや店舗づくりにスタッフの声を反映する文化があります」
こうしたリアルな“職場の価値観”を共有することで、応募者との認識のズレを防げます。
さらに、その定義づくりに現場スタッフの声を反映しておくことも大切です。
「うちの働きやすさって何だと思う?」という問いかけを通じて、共通認識を育てることが採用の基盤になります。
③ 初日離職率と辞退率を防ぐためのひと工夫
面接後の「サイレント辞退」や、「初日に来なくなる問題」もよくある課題です。
その背景には、応募者側の“不安”や“想像とのギャップ”があります。
- 勤務前に「先輩からの歓迎メッセージ」や「業務の流れ」を伝える
- 初出勤の日は、必ず知っている人・話したことがある人がいるようにする
- 「あなたを歓迎している」というメッセージを言語・非言語で届ける
採用は「入ってから」が本番です。
小さな安心感の積み重ねが、継続率に大きくつながります。
3.リテンションフェーズ:最初の90日がすべてを決める
無事に採用できたとしても、「続かない」「戦力にならない」では意味がありません。
人材が活躍するかどうかは、入社してからの最初の90日間で決まると言っても過言ではないのです。
このフェーズをマーケティング的にとらえるなら、「カスタマーサクセス」。
つまり、スタッフが“この職場でやっていけそうだ”と感じ、自分らしく動けるようになるまでの支援プロセスです。
① オンボーディングをプロセスで設計する
優秀なスタッフが辞めてしまう理由の多くは、“自分が必要とされている実感が持てなかった”というもの。
だからこそ、感覚や雰囲気任せではなく、「入社から●日目で●を教える」というオンボーディング計画を用意しておくことが重要です。
- 業務のステップを分解し、段階的に習得させる
- 「できたこと」「できるようになったこと」を定期的にフィードバックする
- 質問しやすい空気・聞き返しても大丈夫という心理的安全性をつくる
人は、「できた」「覚えられた」という小さな成功体験を積み重ねることで、自信を持ち、定着します。
② 関係性を育てるコミュニケーション設計
仕事の教え方も大事ですが、同じくらい大切なのが人と人の関係性づくりです。
新人が最初に抱える不安の多くは、「仕事内容」よりも「人間関係」にあります。
- シフトがかぶるように、自然と関係性が育つ組み合わせを意識する
- 業務とは関係のない“雑談”ができる時間を意図的につくる
- 先輩が後輩を「評価する」ではなく、「理解する」視点を持つ
仕事を教える=育成 ではなく、
「一緒にいる時間の質を高める」ことが育成の土台になります。
③ 教えすぎず、気づかせる工夫を
「早く覚えてほしい」という気持ちから、
先輩が“全部説明してしまう”パターンがよくありがち。
でも、それでは本人の成長実感も主体性も育ちません。
- 最初は「なぜそれをやるのか?」から考えさせる
- あえて少し“余白”を残して、自分なりに工夫させる
- 「何か困ってることある?」と質問を投げて引き出す
教えることと、気づかせることは違います。
自分の頭で考えて動ける人材に育てるには、教え方にも設計が必要なんです。
この90日間で、そのスタッフが“自分ごと化”できるかどうかがカギ。
人は仕事の内容よりも、「ここで働く意味がある」と思える環境にこそ、定着していきます。
4.チームが自走する“継続率の高い組織”のつくり方
スタッフが定着し、成長し、やがて自分から動けるようになる──
それは、個人の意識の問題ではなく、“組織の仕組み”でつくるものです。
人が育つ職場には、必ず「任せ方」と「支え方」の構造があります。
① 任せるとは「判断軸を渡すこと」
よくある間違いが、「仕事を丸投げする=任せる」と思ってしまうこと。
でも本当の“任せる”とは、自分で判断できるための視点や価値観を共有することです。
たとえば:
- 「このメニューを出すときに何を優先する?」
- 「お客様に声をかけるとき、何を大切にしている?」
- 「困ったときに誰に相談するのがいいか知っている?」
こうした「考え方の土台」を共有することで、現場での判断に“ズレ”がなくなり、
スタッフは自信を持って動けるようになります。
② 継続率を高める“承認と役割”の設計
人は、自分の存在意義が感じられる場所にこそ居続けます。
それは報酬や待遇ではなく、もっと根本的な「認められている」「頼られている」という感覚です。
- 「助かったよ」「ありがとう」が日常的に交わされているか?
- 小さな仕事にも「あなたにしかできない理由」が添えられているか?
- 成長したことを“言葉にして伝える場”があるか?
これらの積み重ねが、スタッフの自尊心を育て、「ここにいたい」という気持ちにつながります。
③ ルールより“文化”で回るチームへ
強いチームには、マニュアルだけでは動かない「空気」があります。
- 困っていたら自然と手を貸す
- 忙しいときほど声をかけ合う
- 成果より、姿勢や努力がちゃんと見られている
こうした文化は、日々の積み重ねからしか生まれません。
そのためには、オーナー自身がその文化を体現して見せることが最も重要です。
「誰がいても回る店」から「このメンバーだからこそ回る店」へ。
それが、人が辞めずに育ち続ける組織の条件です。
5.まとめと次回予告
飲食店の採用と育成は、もはや「人事」だけの話ではなく、戦略そのものです。
人が足りない、人が育たない、人が続かない──
この慢性的な課題を抜け出すには、「どうすれば人が動き、根づき、活躍できるか」を仕組みで考える必要があります。
そのヒントは、マーケティングと同じ構造にあります。
▼アクイジション:採用は“獲得”ではなく“選ばれる”プロセス
- 求人の出し方は「価値提案」そのもの
- 面接は「相互理解の場」
- 「働きやすい」の定義を、スタッフ全員で共有し、言語化する
採用に必要なのは、“どう伝え、どう響かせるか”という視点です。
▼リテンション:育成は“文化と設計”で支える
- 最初の90日間は、オンボーディングの設計図を持つ
- 教える→教えられる→教える側へ、というサイクルを仕組みにする
- 評価・承認・役割分担に意味を持たせ、「ここにいたい」をつくる
定着を生むのは、待遇よりも「居場所と関係性」。
そのために必要なのは、日々の対話と育つ仕掛けです。
ちなみに、現在の飲食業界における採用単価は以下のような水準が一般的です:
- アルバイト:1人あたり 約5〜6万円
- 正社員:1人あたり 約25〜90万円
つまり、人が定着しないということは、何十万円もの“投資が回収されない”状態ということ。
だからこそ、採用だけでなく、“どう育て、どう戦力化し、どう続いてもらうか”まで見据えた設計が、お店の成長を左右するのです。
スタッフは、ただの“労働力”ではなく、
店の価値を体現するブランドパートナーです。
人に投資できるお店だけが、これからの飲食業界で生き残っていくことになるかもしれません。
次回予告:リピーターを育てる、お店の“推され方”
次回は、「販促とブランディング」がテーマ。
- お店の魅力をどう伝えるか?
- 一度来たお客さまが、なぜもう一度来たくなるのか?
- “推される店”になるための仕組みと習慣とは?
人が育ったら、次は「ファンを育てる」ステージへ。
ぜひ、楽しみにしていてください!